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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)5386号 判決

《住所省略》

原告 土屋正

右訴訟代理人弁護士 小島新一

《住所省略》

被告 藤井和美

右訴訟代理人弁護士 平野智嘉義

同 横山由紘

同 大森八十香

右訴訟復代理人弁護士 桃谷惠

主文

一  被告は、原告に対し、毎日午後七時から翌朝午前八時までの間、原告所有の別紙物件目録(一)記載の土地と被告所有の別紙物件目録(二)記載の土地との間の境界線上において四〇ホン以上の音量の騒音を右原告所有地内に侵入させてはならない。

二  被告は、被告所有の別紙物件目録(二)記載の土地上に存する別紙図面file_3.jpg、file_4.jpg、file_5.jpg及びfile_6.jpgの冷暖房室外機四基について、それぞれ別紙防音設備目録(一)記載の消音箱を設置せよ。

三  被告は、被告所有の別紙物件目録(三)記載の建物に設置されている別紙図面①の強制換気装置に別紙防音設備目録(二)①記載の排気消音器を、同図面④の強制換気装置(乾燥機)に別紙防音設備目録(二)②記載の排気消音器をそれぞれ設置せよ。

四  被告は、原告に対し、金一〇五万円及びこれに対する昭和六三年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和三五年ころから現在に至るまでの間、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「原告居住地」という。)上に建物を所有し(以下、右建物を「原告住居」という。)、同所に居住してきた。

(二) 被告は、昭和五六年一二月六日ころから現在に至るまでの間、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「被告居住地」という。)上に別紙物件目録(三)記載の建物(以下、右建物を「被告住居」という。)を所有し、同所に居住してきた。

2  (騒音に関する規制基準)

原被告の居住する付近一帯の地域(以下「本件地域」という。)は、公害対策基本法九条に基づく「騒音に係る環境基準について」(昭和四六年五月二五日閣議決定。以下単に「公害対策基本法九条に基づく環境基準」という。)の第1「環境基準」中の「主として住居の用に供される地域」、東京都公害防止条例五五条の引用に係る別表第一〇の「日常生活等に係る騒音の規制基準」中の「第一種区域」にそれぞれ該当する。

公害対策基本法九条に基づく環境基準は、住宅地域における夜間の騒音の規制基準を四〇ホン以下と定めており、また、東京都公害防止条例五五条も、その別表第一〇にいう第一種区域における夜間午後七時から翌朝午前八時までの間の騒音の規制基準を四〇ホン以下と定めている。

3  (本件の事実経過)

(一) (被告住居の設備)

被告は、昭和五六年一二月六日ころ、被告住居の敷地のうち、原告住居の敷地に隣接する境界付近に冷暖房室外機四基を設置し、また、被告住居に別紙図面上の①及び④の強制換気装置その他の諸設備を設置して、以後現在に至るまでこれらを使用している。右冷暖房室外機四基はその後移設され、その現在の位置は別紙図面上のfile_7.jpg、file_8.jpg、file_9.jpg及びfile_10.jpgの各位置である。

(二) (騒音の状況)

原被告各居住地間の境界線上において夜間午後七時から翌朝午前八時までの間右(一)の被告住居方使用諸機器の発する騒音は、

① 昭和五六年一二月の被告の居住開始時から昭和五九年三月上旬までの期間においては、五二ホンないし五六ホン

② 被告が冷暖房室外機を移動した昭和五九年三月中旬以降、被告が防音ブロック塀を設置した昭和五九年四月中旬までの期間においては、四八ホンないし五四ホンであり、本件地域における騒音規制基準を大幅に超え、また、

③ 被告が防音ブロック塀を設置した昭和五九年四月中旬以降現在に至るまでの期間においても、三八ホンないし五三・五ホン

であり、冷暖房室外機のみを使用するごく一部の場合(この場合でも、多湿期、寒冷降霜時には四四ホンないし五六ホンの著しい騒音を発する。)を除くほかは、規制基準を超えている。

右の期間中、原告の長男である訴外土屋隆(以下「訴外隆」という。)は、原告を代理して、被告に対し夜間騒音を規制基準四〇ホン以下に引き下げる措置を採るよう再三にわたって申し入れてきた。しかしながら、被告は、若干の措置を採ったものの依然その効果はなく、夜間騒音四〇ホンを下回るには至っていない。

(三) (原告の被害状況)

右のとおり、被告は、昭和五六年一二月の居住開始時以降現在に至るまで、一貫して規制基準を超える騒音を原告住居に侵入させてきたものであり、右騒音により、原告は夜間の安眠を妨害され、慢性的な睡眠不足の状態が続き、持病の心臓病が悪化したばかりでなく、耳鳴り、注意力及び集中力の低下、嘔吐、めまい等の症状が起こるとともに、不快感、焦燥感、不安にさいなまれ、絶えず精神的不安定状態におかれてきた。

このため、高齢(昭和五七年四月当時六七歳。現在七二歳。)で体力の衰えている原告は、精神的肉体的に耐え難い状態となり、昭和五七年四月以降夜間は近隣の訴外坂某(以下「訴外坂」という。)に謝礼金を払いその居宅に泊めてもらって就寝するという生活を余儀なくされ、この状態は、昭和六一年一〇月訴外坂の居宅の建替え時まで続いた。その間、原告は、毎日原告住居と訴外坂の居宅との間を往復せざるを得ず、昭和五九年一月二三日には早朝帰宅途中に石段で転倒し、第一腰椎骨折のため同年四月まで約三箇月間入院した。原告は、右入院の期間中も右訴外坂の居宅を確保するため謝礼金の支払を続けた。

4  (違法性及び被告の責任)

被告は、原告の人格権を尊重しこれを侵害することのないように、被告住居及びその居住地内において冷暖房室外機、強制換気装置その他の音源となる諸機器を使用するに当たっては、適切な設置場所の選定や防音施設の設置など、騒音防止に心要な配慮を行い、前記の規制基準に従って、原告住居に侵入する騒音を、原被告各居住地間の境界線上において夜間午後七時から翌朝午前八時までの間四〇ホン以下とする義務がある。

しかるに、以上のとおり、被告は、その使用する機器から、規制基準を超え明らかに受忍限度を上回る騒音を原告住居に侵入させ、それによって原告に対し前記のような精神的肉体的障害を被らせて原告の人格権を不法に侵害し、現に侵害を続けている。

したがって、被告には、原告住居に侵入する騒音を少なくとも規制基準以下に引き下げるために必要な措置を講ずべき義務があり、また、右騒音によって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

5  (必要な防音施設)

被告住居の諸機器から発する騒音を規制基準以下に引き下げるためには、別紙図面file_11.jpg、file_12.jpg、file_13.jpg及びfile_14.jpgの冷暖房室外機四基に別紙防音設備目録(一)記載の消音箱を、別紙図面①の強制換気装置及び同図面④の強制換気装置(乾燥機)にそれぞれ別紙防音設備目録(一)①及び②記載の各排気消音器を設置すれば十分である。これらの設置工事は、さほど難しい工事ではなく、費用も高額のものではない。

6  (損害)

原告は、昭和五六年一二月の被告の居住開始時以降現在に至るまで、約六年間の長きにわたって、被告住居の発する明らかに受忍限度を超える騒音によって精神的肉体的障害を被り人格権を侵害されたものであって、これに対する慰謝料は総額五〇万円を下回ることはない。

また、原告は、昭和五七年四月から昭和六一年一〇月までの五五箇月間、近隣の訴外坂に対し毎月一万円ずつ総額五五万円を支払った。

原告の右損害額の合計は一〇五万円となる。

7  よって、原告は、人格権の侵害に対する差止並びに損害賠償として、被告に対し、毎日午後七時から翌朝午前八時までの間、原被告各居住地間の境界線上において規制基準である四〇ホン以上の音量の騒音を右原告所有地内に侵入させないこと及び前記5の各騒音防止措置の実施並びに前記6の損害金一〇五万円及びこれに対する不法行為の後(口頭弁論終結の日の翌日)である昭和六三年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の(一)は不知、(二)は認める。

2  同2のうち、本件地域が公害対策基本法九条に基づく環境基準の第1「環境基準」中の「主として住居の用に供される地域」及び東京都公害防止条例五五条の引用に係る別表第一〇の「日常生活等に係る騒音の規制基準」中の「第一種区域」に各該当すること、公害対策基本法九条に基づく環境基準が当該地域における夜間の騒音の規制基準を四〇ホン以下と定めていることは認める。

3(一)  同3(一)は認める。

(二) 同3(二)のうち、原告の側から原告主張の申入れがあったこと、被告が冷暖房室外機の移設工事を行ったこと、防音ブロック塀の設置工事を行ったことは認め、その余は否認する。

昭和六〇年三月二四日実施の測定結果は、同年一一月に行われた被告側の最終的な防音工事以前の時点において、測定用に機械を通常の使用方法とは異なる状態(最大限度の出力による同時稼働等)に置いて行ったもので、被告が日常の生活で発生させている音と異なる。したがって、右測定結果は、被告が常時四〇ホンを超える騒音を発生させていることの根拠とはなり得ない。また、右測定結果の数値を単純計算することは適当でなく、防音壁及び音源からの距離による音の減少効果を考慮すべきである。右測定結果によっても、冷暖房室外機の同時高出力運転の騒音は三九ホンである。したがって、普通の使用方法では右以下の騒音しかなく、二重の防音壁によって原告住居への音の侵入は更に低下しているはずである。また、東側端(別紙図面上のfile_15.jpg)室外機(二階用)は原告住居から相当離れており、騒音源とは考え難い。

別紙図面①の強制換気装置(台所)及び④の強制換気装置(乾燥機)は、高出力での運転であればともかく、中ないし弱程度の運転状態であれば、原告主張の音量に達しない。

しかも、右換気装置は、昼及び夜早い時間帯でしか使用せず、騒音被害の原因とは考え難い。仮に原告が被害を感じるとしても、右装置は一般人の就寝時間外に日常生活の必要上使用するものであるから、原告にとって受忍限度内である。別紙図面①の強制換気装置(台所)について原告の要求する午後七時からの規制を認めることは、事実上台所の使用を禁止するに等しい。

(三) 同3(三)は不知ないし争う。

原告の被害原因は特定されておらず、また、原告は通常人に比べて過敏であって、仮に原告に何らかの被害ないし病変があるとしても被告住居の音が唯一の原因とはいい難い。

4  同4は争う。

5  同5は争う。被告住居方諸設備に対する防音措置としては、被告が従前行ってきた後記被告の主張の各措置で十分であり、現在規制基準を上回る騒音は発生していないのであるから、原告主張のような設備は不要である。

また、原告の主張する設備には数百万円を要し、その費用は過大であるばかりでなく、機械に与える影響及び安全性について何の検証もなく、右装置による機械の破壊あるいは加熱による発火延焼の危険性は否定できない。

6  同6は不知ないし争う。

三  被告の主張(被告の防音工事及び工事後の状況)

1  昭和五七年六月ころ、被告住居の敷地内に設置されていた冷暖房室外機四基のうち三基の設置場所は、別紙図面上のfile_16.jpg、file_17.jpg及びfile_18.jpgであったところ、原告から騒音が大きいとの苦情を受けたため、被告は、訴外清明興業株式会社(以下「訴外清明興業」という。)に依頼して、右三基のうち別紙図面上のfile_19.jpgの位置(地上)に設置されていた冷暖房室外機一基を、同図面上のfile_20.jpg及びfile_21.jpgの位置に設置されていた冷暖房室外機二基の上に乗せる移設工事を実施し、その費用として四万五〇〇〇円を支出した。

さらに、被告は、同年一〇月ころ、原告の敷地との境界上に高さ一・八メートルの塀を設け、原告住居への冷暖房室外機の騒音をできる限り減少させるための努力をした。

2  その後、昭和五九年二月一八日ころ、原告の長男である訴外隆を通じて、なお冷暖房室外機の騒音が大きいとの原告の苦情が伝えられたため、被告は、昭和五九年三月ころ、前記の訴外清明興業に再度依頼して、冷暖房室外機三基を、別紙図面上のfile_22.jpg及びfile_23.jpg(二基の上に他の一基が乗せられている状態)の位置から、それぞれfile_24.jpg、file_25.jpg及びfile_26.jpgの各位置へ移動させる移設工事を実施し、その費用として二六万円を支出した。

さらに、被告は、同年四月、原告住居への冷暖房室外機の騒音をできる限り減少させるために、訴外高塚建設工芸株式会社(以下「訴外高塚建設工芸」という。)に依頼して、別紙図面上のfile_27.jpgの位置に防音ブロック塀の設置工事を実施し、その費用として一七万円を支出した。

3  以上防音施設によって既に夜間騒音は原被告間の境界線上において四〇ホンを下回っていたものであるが、さらに、被告は、昭和六〇年一一月二五日から同年一二月一一日にかけて、訴外大成温調工業株式会社(以下「訴外大成温調工業」という。)に依頼して、別紙図面上のfile_28.jpgの位置に設置されていた水道ポンプを同図面上のfile_29.jpgの位置へ、同図面上のfile_30.jpgの位置に設置されていた湯沸器を同図面上のfile_31.jpgの位置へそれぞれ移動させる移設工事を実施するとともに、右水道ポンプに消音箱を取り付け、その費用として三五万円を支出した。

右工事終了後、右施工業者である訴外大成温調工業は、右水道ポンプ及び湯沸器について騒音測定を実施したが、その測定結果は四〇ホンを下回っている。

4  以上のとおり、被告は、原告からの苦情に応じて、その都度相当額の費用を支出して防音工事を行ってきたものであり、その結果、もはや夜間騒音は原被告間の境界線上において四〇ホンに達してはいない。

四  被告の主張に対する答弁

1  被告の主張1のうち、昭和五七年六月ころ被告が被告住居の敷地内の冷暖房室外機四基のうち別紙図面上のfile_32.jpgの位置の一基を、同図面上のfile_33.jpg及びfile_34.jpgの位置に設置されていた冷暖房室外機二基の上に乗せたこと、被告が、原告の敷地との境界上に高さ約二メートルの塀を設けたことは認め、その余は不知ないし争う。

冷暖房室外機の移動については全く不備な工事であって、昭和五九年二月一七日に実施された品川区建築環境部公害課(以下「訴外品川区公害課」という。)による測定結果においても、五二ないし五六ホンと規制値を大きく上回っていた。

また、境界塀については、音源がそれよりも高い位置にあり、また、それ自体隙間が多く、吸音材が使われていないため、防音効果は極めて少ないものであった。

2  同2のうち、昭和五九年二月下旬ころ原告の長男である訴外隆を通じてなお冷暖房室外機の騒音が大きいとの原告の苦情が伝えられたこと、これを受けて被告が昭和五九年三月ころ冷暖房室外機四基のうち三基を別紙図面上のfile_35.jpg及びfile_36.jpg(二基の上に他の一基が乗せられている状態)の位置からそれぞれfile_37.jpg、file_38.jpg及びfile_39.jpgの各位置へ移動させる移設工事を実施したこと、また、同年四月、被告が被告居住地内の別紙図面上のfile_40.jpgの位置に防音ブロック塀を設置したことは認め、その余は不知ないし争う。

冷暖房室外機の移動については、やはり効果の少ない工事であって、昭和五九年三月一五日及び一六日に実施された訴外品川区公害課による測定結果においても、なお四八ないし五四ホンと規制値を大きく上回っていた。

また、防音ブロック塀については、内部は空洞であり、鉄製のドアが設置されていて防音効果は少なく、まして右ドアを開放すれば効果は全くない。現に、同年四月二〇日の測定では、堺界境の原告住居方内側で四五ないし四六ホンであった。

3  同3のうち、被告が昭和六〇年一一月二五日から同年一二月一一日にかけて別紙図面上のfile_41.jpgの位置に設置されていた水道ポンプを同図面上のfile_42.jpgの位置へ、同図面上のfile_43.jpgの位置に設置されていた湯沸器を同図面上のfile_44.jpgの位置へそれぞれ移設するとともに、右水道ポンプに消音箱を取り付けたことは認め、その余は不知ないし争う。

4  同4は争う。

被告の行った工事は、いずれも、専門家による計画的な設計、施工、結果の確認等の防音工事としての基本的な手法がとられていないため、その効果が少なく、防音の目的を達していない。その上、水道ポンプの消音箱を外したり、ブロック塀を開放するなど、自らの工事の効果を無にする行動もとっている。

以上のように、被告は、現在もなお毎日午後七時から翌朝午前八時までの間規制基準の四〇ホンを超える音量の騒音を原告居住地内に侵入させている。したがって、被告は、速やかに必要な防音対策を実施し、騒音量を規制基準の四〇ホン以下に引き下げるべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(騒音に関する規制基準)のうち、本件地域が、公害対策基本法九条に基づく環境基準の第1「環境基準」にいう「主として住居の用に供される地域」及び東京都公害防止条例五五条の引用に係る別表第一〇の「日常生活等に係る騒音の規制基準」中の「第一種区域」に該当することは、当事者間に争いがない。

公害対策基本法九条に基づく環境基準の第1「環境基準」において、右の「主として住居の用に供される地域」における夜間の騒音の規制基準が四〇ホン(dB(A)(デシベル)ともいう。以下統一的に「ホン」という。)以下と定められていること、また、東京都公害防止条例五五条及びその引用に係る別表第一〇において、「第1種区域」における夜間午後七時から翌朝午前八時までの間の騒音の規制基準が敷地境界線上において四〇ホン以下と定められていることは、いずれも原告主張のとおりである。

三  請求原因3(本件の事実経過)について判断する。

原被告双方の主張のうち、昭和五六年一二月六日ころ、被告が被告居住地内の原告居住地に隣接する境界付近に冷暖房室外機四基を設置するとともに、被告住居に別紙図面上の①及び④の強制換気装置その他の諸設備を設置し、以後現在に至るまでこれらを使用していること、右冷暖房室外機四基はその後移設され、その現在の位置は別紙図面上のfile_45.jpg、file_46.jpg、file_47.jpg及びfile_48.jpgの各位置であること(請求原因3(一))、昭和五七年六月ころ、被告が被告居住地内の冷暖房室外機四基のうち別紙図面上のfile_49.jpgの位置の一基を同図面上のfile_50.jpg及びfile_51.jpgの位置に設置されていた冷暖房室外機二基の上に乗せたこと、その後被告が原告居住地との境界上に高さ約二メートルの塀を設けたこと、昭和五九年二月下旬ころ原告の長男である訴外隆を通じてなお冷暖房室外機の騒音が大きいとの原告の苦情が被告に伝えられたこと、これを受けて昭和五九年三月ころ、被告が冷暖房室外機四基のうち三基を別紙図面上のfile_52.jpg及びfile_53.jpg(二基の上に他の一基が乗せられている状態)の位置からそれぞれfile_54.jpg、file_55.jpg、file_56.jpgの各位置へ移動させる移設工事を実施したこと、同年四月、被告が被告居住地内の別紙図面上のfile_57.jpgの位置に防音ブロック塀を設置したこと、昭和六〇年一一月二五日から同年一二月一一日にかけて、被告が別紙図面上のfile_58.jpgの位置に設置されていた水道ポンプを同図面上のfile_59.jpgの位置へ、同図面上のfile_60.jpgの位置に設置されていた湯沸器を同図面上のfile_61.jpgの位置へそれぞれ移設するとともに、右水道ポンプの消音箱を取り付けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実のほか、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和五六年一二月被告住居に入居するに際して、前記の冷暖房室外機四基(被告住居二階の原告住居側(西側)の屋根の上に一基(二階寝室用)、地上の別紙図面上のfile_62.jpg(一階食堂用)及びfile_63.jpg(一階居間用)の各位置に一基ずつ、被告住居二階の原告住居とは反対側(東側)のベランダに一基(一階客間及び二階寝室用))、前記の二基を含めて強制換気装置四基(別紙図面上の①(台所用)、②及び③(湯沸器用)、④(乾燥機用)。いずれもその位置は現在と同様。)のほか、湯沸器一台(別紙図面上のfile_64.jpgの位置)、浄化槽ポンプ(別紙図面上のfile_65.jpgの位置)、水道ポンプ(別紙図面上のfile_66.jpgの位置)をそれぞれ被告住居及びその居住地内に設置した。右冷暖房室外機四基はいずれも家庭用のものではなく、通常一般家庭に備え付けられることのない業務用の室外機であるが、一般に業務用室外機は家庭用と異なり製造段階で音量についての調節がされずに製造されているため、通常の家庭用の室外機に比べて相当多大な音量の騒音を発することが不可避的であるところ、被告は、右四基のうち三基(一基は二階の屋根上、二基は地上)を原告住居との境界線(以下単に「境界線」という。)の直近の位置に設置するとともに、前記の強制換気装置四基及び湯沸器一台を被告住居の境界線側の壁面に、給水音等を発する浄化槽ポンプ及び水道ポンプを境界線に接して設置した。このように、被告は、相当量の騒音の発生源となることが当然に予想される諸機器の大半を原告住居に近接した位置に設置したため、右諸機器の作動時における音量は多大のものとなり(昭和五九年二月一七、一八日測定の境界線上五二ないし五六ホンの数値を更に相当上回る音量)、隣接地に居住する原告及び訴外隆において工場か飛行機の中にいるかのように感じさせるほどであった。特に、被告は仕事の関係上毎日午後三時ころ出勤して午前二時ころ帰宅し、それから食事、洗面、入浴等を行い、その際に強制換気装置や湯沸器、水道関係施設を作動させ、また、就寝に当たっては早朝までの間冷暖房機器を継続して自動的に作動させておくのが日常であり、深夜の時間には、被告住居方の諸機器の発する騒音は音量が下がることがないばかりか、かえって昼間よりも音量が増加するのが通例であった。右入居当時被告は独身であったが、結婚後も右の生活の習慣に変化はなく、その上に夜間被告の帰宅前の時間帯において家族が冷暖房機器のほか強制換気装置や湯沸器、水道関係施設を作動させ、しばしば午後七時以降(最も遅いときには午後一一時ころ)に乾燥機(別紙図面上の④の強制換気装置)を使用する(一回の所要時間は約三時間に及ぶこともあった。)など、夜間の騒音は必然的に増大する結果となった。

2  原告は、昭和三五年ころから原告住居に居住し続け、被告が転居して来るまでは住宅地域の静かな環境を享受して、当時六六歳になっていたが、被告が原告住居方に近接して前記諸機器を設置し、これを夜間作動させることになった結果、前記のような規制基準を大幅に上回る音量の騒音が発生するようになったばかりでなく、原告が床につくと、作動中の右諸機械の振動を体に感ずるようになった。そのため、原告は恒常的に不眠症に陥り、従前は快方に向かっていた心臓の疾患(動脈硬化症)の悪化を招来し、耳鳴り、吐き気、嘔吐、眩暈、注意力及び集中力の低下等の症状を呈し、体調に著しい変調を来すとともに、精神的不安状態に陥るようになり、昭和五七年四月二日には原告住居内において倒れて動けなくなるということがあった。そして、三日間の安静後に原告が近隣の病院で診察を受けたところ、前記の自覚症状のほか、頻脈、不整脈、高血圧等の症状があり、心不全及び不眠症と診断され、その後通院治療を続けるようになった。

その間、訴外隆からの苦情に対し、被告は昭和五七年初めころ二階の冷暖房室外機一基を移動したが、かえって原告住居に達する騒音の音量が増しただけで、騒音による被害の状態には全く改善がみられなかった。また、右移動により騒音の音量が増したことについて訴外隆が被告に申し入れると、被告は強い不快の念を示してそれ以上訴外隆の要請に応じようとはしなかった。

そのため、原告は、訴外隆とも相談の上、夜間の睡眠を確保し病状のそれ以上の悪化を防ぐには原告住居を離れるほかないと判断し、近隣の知人である訴外坂に依頼してその居宅の一室を借り受け、昭和五七年四月一四日以降、昭和五九年中の骨折による三箇月の入院期間を挟んで、訴外坂宅の改築に伴い宿泊が不能となる以前の昭和六一年九月末ころまでの間、約四年余の長期にわたって夜間訴外坂宅に赴いて宿泊するという生活を続けることを余儀なくされた。そのため、原告は、その間(昭和五七年四月から昭和六一年九月まで五四箇月間)、訴外坂に対し、謝礼金名下に賃料を毎月一万円支払ったほか、毎月電気料金代わりに一〇〇〇円相当の品物を持参し、また、暖房の必要な時期(毎年一二月から翌年の四月末まで)にはガスストーブの光熱費を毎月一〇〇〇円ずつ支払っていた(その総計は、賃料だけで五四万円となり、これに電気料金分の出費と光熱費の合計分を加えると、少なくとも五五万円は下らない。)。原告は、昭和五九年一月二三日早朝訴外坂宅から自宅へ戻る途中に高い石段の階段で転倒し、第一腰椎骨折によりその後約三箇月間入院生活を送ったが、その間も訴外坂宅を宿泊先として確保するために右賃料等の支払を続けていた。なお、以上のような原告側の事情、すなわち原告が心臓の疾患を患っており騒音は原告の身体にとって特に苦痛を生ずること、原告が被告住居方から発する騒音を苦にして訴外坂宅に部屋を借り夜間宿泊していることについては、訴外隆を通じて、昭和五六年一二月末及び昭和五七年夏ころの時点で被告の側に伝えられていた。

原告は、訴外坂宅に寄宿後、当初は不眠症の後遺症に悩まされることもあったが、周囲に騒音のない環境の下で就寝し、併せて病院から交付される薬による治療を続けることにより心臓疾患(動脈硬化症)が小康を保つようになると、十分に睡眠をとることができるようになり、病状も徐々に回復に向かうようになった。

3  原告が訴外坂宅への寄宿を始めた後も、訴外隆から被告に対して、騒音について善処方が求められていたが、冷暖房室外機のうち二階のベランダにあった室外機一基が昭和五七年五月ころ地上の境界線に近い位置(別紙図面上のfile_67.jpgの位置)に下ろされ、同年六月ころ以降他の二基(同図面上のfile_68.jpg及びfile_69.jpgの位置に存した二基)の上に重ねて置かれるようになったものの、依然境界線に近接した位置に集中して設置されているためほとんど効果はなく、また、同年一〇月ころ別紙図面上のfile_70.jpg地点以南の境界線上に塀が設置されたが、防音のための装備がされていないためやはりみるべき効果はなかった。かえって、同年夏ころには浄化槽にブロアーが新たに設置され、これが二四時間作動して相当の音量の騒音を発するようになり、全体として騒音の被害状況は一向に改善されず、特に夏期及び冬期においては、冷暖房機器の間断のない使用、気温差の拡大による室外機の負荷の増加等により騒音の音量が著しく大きくなり、なかでも冬期の寒冷期及び霜が降りる時期には、室外機の構造などの要因も重なって騒音は最大となるという状態が続いた。

4  そのため、訴外隆は、品川区建築環境部公害課(以下「品川区公害課」という。)に対し、被告住居方の発する騒音の状況について自動記録測定器による測定を実施するよう要請し、これを受けて昭和五九年二月一七日午後九時一二分から翌一八日午前零時五六分までの間品川区公害課の封印に係る自動記録測定器により測定が行われた結果、境界線上において規制基準を大幅に上回る五二ないし五六ホンの音量の騒音が測定された。

そこで、訴外隆が右測定結果と共にそれに対する善処方を求める趣旨の文言を記載した内容証明郵便を弁護士に依頼して作成し、これを同月一八日付けで原告名で被告に送付したところ、被告としても、防音対策の必要を認めざるを得なくなり、昭和五九年三月ころ、境界線に沿って設置されていた前記の冷暖房室外機三基を、別紙図面上のfile_71.jpg及びfile_72.jpg(二基の上に他の一基が乗せられている状態)の位置からそれぞれfile_73.jpg、file_74.jpg及びfile_75.jpgの各位置へ移動させ、併せて二階の原告住居とは反対側(東側)のベランダ上にあった室外機一基を地上の別紙図面上のfile_76.jpgの位置に移動する移設工事を実施した。右東側ベランダ上の室外機一基については、原告住居との関係では別段移動の必要はなかったのであるが、被告は、右工事の際、訴外隆に対し、右室外機を移動する理由について被告自身がその騒音に悩まされているためである旨告げていた。

右工事実施後、その効果を確認するため、訴外隆は品川区公害課に対し被告住居方の発する騒音の状況について自動記録測定器による測定を実施するよう再度要請し、これを受けて昭和五九年三月一五日午後九時四一分から翌一六日午前七時四五分までの間、品川区公害課の封印に係る自動記録測定器により測定が行われた結果、境界線上において規制基準をなお相当上回る四八ないし五四ホンの音量の騒音が測定された。また、訴外隆は、同月二九日以降自らも、勤務先の会社(電気機器製造業を営む。)から測定器を借りて夜間境界線上における騒音の状況の測定を開始したが、同月二七日、二九日、四月一日、二日の各測定の結果においても、なお四八ないし五六ホンの音量の騒音が測定された。

5  右三月一五日から翌一六日にかけての品川区公害課の測定後直ちに、訴外隆から被告に対して再度右測定結果及び善処方を求める趣旨の文言を記載した原告名の内容証明郵便が送付され、これを受けて、被告は改めて防音対策の必要を認め、同年四月中旬ころ、業者に発注して別紙図面上のfile_77.jpgの位置に防音用のブロック塀(以下「防音ブロック塀」という。)を設置した。右防音ブロック塀は、中央部に通行用の開閉扉が設置されており、右扉が開放された状態では冷暖房室外機四基から発する騒音を遮断し得ないためほとんど防音の用をなさないものであるところ、被告は、その完成後扉の塗料が乾くまでの数日間ばかりでなく、その必要がなくなった後においても、頻繁に右扉を開放したままに放置し、本訴提起後この点を原告から指摘されるまでの再三これを繰り返し、その後現在に至るまでの間においても、しばしば右扉が開放したまま放置されていることが訴外隆によって発見されている。

右防音ブロック塀設置後、それに伴う相応の改善はみられたものの、その後も訴外隆が勤務先の会社から借り受けた測定器を用いて夜間境界線上における騒音の状況の測定を続けたところ、なお規制基準を上回る四五ホン前後の音量の騒音が常時測定されるという状態が続いていた。原告は、骨折による入院を終えて退院した際、試みに原告住居において就寝してみたが、やはり被告住居方の発する騒音に悩まされて眠ることができず、結局従前どおり訴外坂宅での宿泊を続けざるを得なかった。

6  そのため、訴外隆から被告に対し、更に防音措置を講じて規制基準の四〇ホンを遵守するように要請がされたが、被告は、強い不快の念を示すとともに、従前数回にわたって業者に依頼し合計四十数万円の費用を費やして防音のための工事をしてきたことを理由として、もはやこれ以上の要求には応じられない旨回答して右要請を拒絶した。

そこで、原告は、昭和五九年五月、被告に対し、規制基準四〇ホンの遵守及びそのための防音措置などを求めて本件訴訟を提起するに至った。

その後も訴外隆による測定においては、依然として平均四五ホン前後、大きいときには五〇ホンを超える音量の騒音が測定されるという状態が続いており、規制基準を上回る騒音の発生が続いていた。

そして、昭和六〇年三月二四日午後一〇時五四分から翌二五日午前〇時六分までの間、被告及び被告代理人立会いの下で被告住居方の諸設備をそれぞれ個別に作動させ、品川区公害課から借り受けた測定器を用いて各場合ごとに境界線上における騒音の測定が行われた結果、別紙図面上の①(台所用)及び④(乾繰機用)の強制換気装置についてはいずれも単独で各五〇ホン前後、同図面上の②及び③については二基併せて三八ないし三九ホン、冷暖房室外機については四基全部作動させた場合三九ないし四〇ホン、二階用の冷暖房機器の室外機(別紙図面上のfile_78.jpg及びfile_79.jpgの二基)のみを作動させた場合三八ホンないし三九ホン、水道ポンプ及びその付帯設備だけで四七ないし五一ホンの各音量が測定された。その際、個々の機器の作動状態については、通常使用される場合と同様の作動状態において測定が行われ、また、それらの組合せについても、夜間(特に深夜)二階用の冷暖房機器が継続的に使用されることが多いことを考慮して、二階用の室外機のみを作動させた場合の測定が行われた。

また、同年一〇月ころ本訴における和解手続の進行中に、訴外騒音防止協会の事務局長である訴外後藤剏が防音設備費用の見積りのために被告住居方の右冷暖房室外機及び強制換気装置の発する騒音をその直近で測定したところ、冷暖房室外機については六六ホン、強制換気装置については七〇ホン前後の各数値が測定された。

7  その後、被告は、同年一一月二五日から同年一二月一一日にかけて、業者に依頼して、別紙図面上のfile_80.jpgの位置に設置されていた水道ポンプを同図面上のfile_81.jpgの位置へ、同図面上のfile_82.jpgの位置に設置されていた湯沸器を同図面上のfile_83.jpgの位置へそれぞれ移動させる移設工事を実施するとともに、右水道ポンプに消音箱を取り付けた。右工事完成後の一二月一二日、被告は、右工事後の水道ポンプ及び湯沸器各一基並びに右工事において移動させなかった湯沸器一基について、それぞれを各一基ずつ個別に作動させた場合の騒音の測定を行い、水道ポンプについては三五ないし三八ホン、移動後の湯沸器については三八ないし四〇ホン、移動しなかった湯沸器については三五ないし四五ホンという測定結果を得た。

もっとも、その後、被告は、水道ポンプに取り付けた消音箱を昭和六一年夏ころ除去し、同年一〇月ころまでの間そのまま放置したほか、同年一二月ころ以降は工事の欠陥のために水道ポンプに変調を来して給水音が大きくなり、再び水道ポンプの発する給水音だけで四三ないし四五ホン(訴外隆の測定による。)という状態に戻った。なお、右の状態はその後修復され、昭和六二年七月に再び給水異常が発生したが、同年一二月二五日に改修工事が完了した後は、右水道ポンプの給水の状態について再び修復がされた。

8  しかしながら、昭和六〇年一二月一一日に水道ポンプ及び湯沸器の移動工事が完成し、その後下水道の整備に伴いブロアーが撤去された後の時点においても、被告住居方の冷暖房室外機及び強制換気装置の発する騒音については従前と同様で変化はなく、夏期及び冬期においては、常に少なくとも一台の冷暖房室外機がほぼ一日中作動し続け、併せて他の室外機が相当の時間相前後して同時に作動するという状態であり、しかも夜間、特に深夜被告の帰宅後は強制換気装置(主として別紙図面上の①の台所用の装置)、湯沸器、水道施設等がこれらと同時に作動し、また、週に数回は乾燥機用の強制換気装置(別紙図面上の④)が夜間使用されるため、主要な音源である冷暖房室外機及び強制換気装置の発する騒音が夜間原告住居において顕著な騒音として感受され、それらの合併音が規制基準の四〇ホンを上回るという状況が続いており、特に寒冷期及び降霜期においては室外機の騒音の増大により音量は最大となり、原告住居に依然として被害を及ぼしている。現に、右昭和六〇年一二月以降も昭和六二年一月初旬まで継続的に続けられた訴外隆による測定結果によると、夏期及び冬期においては夜間境界線上においてなお規制基準の四〇ホンを上回る騒音が測定されるという状況が続いており、現在に至っている。

原告は、昭和六一年一〇月初めころ、原告がそれまで夜間宿泊していた訴外坂宅が改築のため取り壊されたのに伴い、以後寄宿先を失って再び原告住居において起臥する生活を続けているが、いまだ本格的な冬期(騒音の音量が最大となる寒冷期及び降霜期)に入る以前の同年一一月中旬ころの時点においてさえも、しばしば夜間及び深夜被告住居方から発する騒音のために眠りに就けずあるいは眠りから覚めてしまうという状態であり、本格的な冬期に入った後の状況について強い不安を訴えるとともに、新たな寄宿先を探す必要についても危惧を表明しており、現在もなお不眠の苦痛から解放されない状況が続いている。

なお、原告住居は、原告居住地内にこれと隣接して建てられている原告の長男である訴外隆の家族四人が住む建物よりも被告住居側に近い位置にあるため、より騒音による被害を受け易い位置関係にあるが、原告は、原告の居室よりは若干音源から遠い訴外隆宅の二階の居室で就寝しても、やはり被告住居方から発する騒音のために安眠を妨げられている。なお、騒音による被害が最も小さいと考えられる訴外隆宅の一階には寝室はなく、また、右各建物の構造及び広さ、生活様式、家族構成との兼合いなどに照らすと双方の住居を現状のまま入れ替えることは不可能であり、仮に訴外隆宅を改築するとすれば建物の構造を根本的に変更する大幅な改造を要するために著しく過大な費用を要することになり、いずれにしても原告居住地内における原告の居室の移動は事実上不可能な状況にある。

また、原告は、当初原告住居内に遮音設備を施すことについても一時検討し、昭和五七年ころ実際に専門の業者にも相談をしたが、その際業者は、音源である室外機等の方に防音設備を施さなければ効果はなく原告住居に設備を施しても意味がない旨断言し、かかる方法を全く勧めなかったため、原告としてもこれを見合わせるに至った。

以上の事実が認められ、原告及び被告各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用することができず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  請求原因4(違法性及び被告の責任)について判断する。

1  公害対策基本法九条に基づく環境基準及び東京都公害防止条例がいずれも本件地域のような住宅地域(右環境基準にいう「主として住宅の用に供される地域」及び右条例にいう「第一種区域」)において夜間(右条例は、午後七時から翌朝午前八時までと明示している。)の騒音の規制基準を四〇ホン以下(その測定場所につき、右条例は敷地の境界線上と明示している。)と定めている趣旨は、一般の住宅が集中する地域においては、住民の安眠の確保とともに夜間における平穏な生活を保障する必要性にかんがみ、夜間の騒音については安眠及び平穏な生活を維持する上で四〇ホンという数値が受忍限度の限界値と考えられるとの判断を前提としたものと解される。そして、《証拠省略》を総合すると、実験的研究の結果等によって、健康人についても四〇ホンの騒音によって既に睡眠障害が生ずることが科学的に実証されており、睡眠障害に関する一般的な受忍限度については、訴外日本建築学会は室内の騒音レベルを三五ホンと定め、諸外国の公的機関もおおむねこれを三〇ないし三五ホンと定めているが、周囲の環境音の小さい静かな地域では受忍限度の数値に地域的補正(数値がより小さくなる。)を加える必要があり、また、眠りが浅く騒音の影響を受け易い老人や病人のほか、従前侵入音に対して慣れていない人についても補正(数値がより小さくなる。)を加える必要があることが認められる。右のような一般的な基準及び資料を前提として、前記三において認定した本件の事実関係、すなわち、原告の年齢、病状、従前の周囲の環境(原告は、被告の転居前においては約二〇年来夜間環境音の小さく静かな環境の下で居住してきたものであり、機械の発する騒音に対しては未経験であった。)、現実に原告が騒音を苦にして長期間にわたって夜間他に宿泊先を求めることを余儀なくされ、宿泊先の改築のためやむなく自宅で就寝している現在も、不眠に悩まされて強い不安を訴えるとともに新たな宿泊先の必要を考えているという事情、原告居住地内の建物の状況、被告住居に設置されている諸設備の位置、態様(一般家庭にとって不適当な工業用の室外機を四台設置するとともに、当初は音源となるその他の諸設備の大半をも境界線周辺に集中して設置し、その後の工事の後も過大な騒音の発生源である強制換気装置二基を防音ブロック塀の外側に残存させている。)、被告住居方の使用状況、被告の従前の対応等を総合的に勘案すると、本件における騒音の受忍限度は、少なくとも公害対策基本法九条に基づく環境基準及び東京都公害防止条例五五条の定める夜間(右条例によれば午後七時から翌朝午前八時まで)の規制基準四〇ホン(敷地の境界線上)を超えるものではなく、最低限右規制基準の数値を下回るべきものと解するのが相当である。そして、右時間帯の指定に関しては、住宅地域における住民の安眠の確保とともに夜間における平穏な生活を保障する必要性にかんがみ、東京都公害防止条例五五条が特にこれを午後七時から翌朝午前八時までと明定している趣旨に照らすと、本件における受忍限度の画定に当たっても、右条例の定めに依拠して午後七時以降とするのが相当であり、これを特に当該住民の就寝時間以降の時間帯に限定すべき理由はないものというべきである。

2  前記認定によると、原被告各居住地間の境界線上において夜間午後七時から翌朝午前八時までの間被告住居方使用諸機器の発する騒音は、被告の居住開始時である昭和五六年一二月から被告が冷暖房室外機を移動した昭和五九年三月上旬までの期間においては、おおむね五二ホンないし五六ホン(当初はこれを更に上回っていたものと推認される。)、右室外機移設後の昭和五九年三月中旬以降、被告が防音ブロック塀を設置した昭和五九年四月中旬までの期間においては、おおむね四八ホンないし五四ホンであり、本件地域における騒音規制基準を大幅に超え、また、その後においても、冷暖房室外機及び強制換気装置のほか、水道施設の給水音、ブロアー、湯沸器等の発する音によりおおむね四五ホン前後の音量が測定される状態が続き、その後水道施設及び湯沸器が移設され、ブロアーが撤去された後においても、冷暖房室外機及び強制換気装置の発する騒音については従前と同様で変化はなく、夏期及び冬期においては、それらの合併音が規制基準の四〇ホンを上回り、現実に境界線上において四〇ホンを超える騒音が測定されるという状況が続いて現在に至っているというのである。右事実経過に照らすと、被告は、昭和五六年一二月の居住開始時以降現在に至るまでの長期にわたって、被告住居方の機器の使用によって規制基準を超え原告の受忍限度を上回る騒音を原告住居に侵入させ続け、それによって原告に対し前記のような精神的肉体的苦痛を被らせてきたのであるから、かかる被告の行為は、原告の人格権を不当に侵害するものであって、民事上の不法行為の要件としての違法性を備えるものと解されるばかりでなく、被告には、規制基準を遵守し隣地の居住者に不当な損害を与えないよう配慮すべき地域住民としての基本的な注意義務を怠った過失があるというべきである。

3  したがって、被告は、今後被告住居及びその居住地内において冷暖房室外機、強制換気装置その他の音源となる諸機器を使用するに当たっては、原告の人格権を不当に侵害することのないように、前記の規制基準を遵守して夜間における騒音を原告の受忍限度以下に抑えるべき義務、すなわち、境界線上において夜間午後七時から翌朝午前八時までの間四〇ホン以上の音量の騒音を原告住居に侵入させてはならない義務を負うものであり、右の一般的な義務を遵守するための具体的措置として、防音施設の設置、適切な設置場所の選定、設備使用の時刻及び時間に関する配慮などの措置を行うべき義務を負うとともに、従前の騒音によって原告が被った損害を賠償する義務を負うものというべきである。

そこで、右具体的措置として必要な防音措置の内容及び従前の騒音によって原告が被った損害の内容について判断することとする。

五  請求原因5(必要な防音施設)について判断する。

1  被告住居の諸機器から発する騒音を規制基準以下に引き下げるために必要かつ適切な防音設備の内容についてみるに、《証拠省略》を総合すると、前記三8認定に係る原告から相談を受けた専門の業者も回答しているように、原告住居の側において遮音設備を施すだけではその実効性に疑問があり、騒音の発生源である被告住居方設備のうち主要な音源の装置について直接防音設備を施すことが最も有効でありかつ必要であると認められるところ、前記三において認定したとおり、被告住居方における主要な騒音の発生源は冷暖房室外機並びに台所用(別紙図面上の①)及び乾燥機用(同図面上の④)の各強制換気装置であり、室外機については二階用のものだけでも厳寒期を過ぎた三月下旬の時点の測定でなお三八ないし三九ホンの音量に達しており、寒冷期及び降霜期にはこれを更に上回る音量に達するものと考えられ、他方で各強制換気装置については単独でも五〇ホン前後の音量を発するため、特に夏期及び冬期において夜間冷暖房室外機数台が相前後して夜通し使用され、これに各強制換気装置その他の諸設備が同時に作動することにより全体として規制基準の四〇ホンを超える騒音が不可避的に発生するという現状である。このような騒音の現状を是正するために必要でかつ適切な防音設備の内容に関しては、《証拠省略》を総合するとともに、防音効果の効率性、設計、材質等の合理性及び適性、規格の標準性、入手の容易性、排気の流通等への配慮、経済性等の諸要素を総合して勘案すると、本件の冷暖房室外機及び各強制換気装置に対しては、それぞれ右甲第二五号証記載に係る別紙防音設備目録(一)記載の消音箱並びに同目録(二)の①及び②記載の各排気消音器を設置するのが適切であると認めることができる。

2  被告は、冷暖房室外機中別紙図面上のfile_84.jpgの位置のものについては、原告住居から距離が離れていることを理由に防音設備は不要である旨主張するが、右室外機は、被告方において夏期及び冬期夜間就寝後も早朝まで使用される二階寝室用の二台のうちの一台であり(この点に関する被告本人の供述は、にわかに採用することができない。)、深夜における原告の安眠確保の必要性、合併音における個々の音源のもつ重要性、以前行われた移設工事がほとんど効を奏さなかったように数メートルの距離の差が直ちに騒音を軽減するとは考え難いことなどを併せ考えると、右室外機のみを防音工事の対象から除外すべき理由は見いだし難いものというべきであり、この点に関する被告の主張は理由がない。

また、右甲第二五号証によると、これらの設備については、いずれも標準的な規格を基礎とした上で、特に本件の機械に合わせて排気の流通等に関する個別的な配慮が十分にされており、被告が指摘するような機械の破壊や加熱による発火延焼の危険があるとは認められない。

そして、費用の点についても、右甲第二五号証及び証人後藤剏の証言によると、右説明書中の設計を利用することにより設計の費用が節約でき、それらの設備の使用を一括して発注することにより費用は最小限に抑えられることが認められ、規制基準を遵守するために必要な内容の防音設備を確保する上で不可欠の費用を必要最小限に節約し得るよう配慮がされている以上、この点を論難する被告の主張は理由がない。

六  請求原因6(損害)について判断する。

1  原告は、前記三において認定したとおり、昭和五六年一二月の被告の入居時以降、被告住居から発する前記の受忍限度を超える騒音によって不眠症に陥り、耳鳴り、嘔吐、眩暈などのほか、心臓疾患の悪化により心不全の発作等を発症するとともに精神的に不安定な状態に置かれ、また、自宅で就寝し得ないため長期にわたって夜間近隣の居宅に宿泊するという不自由な生活を余儀なくされるなど、多大な肉体的精神的苦痛を被ったものであって、原告の被った右苦痛に対する慰謝料としては、五〇万円が相当であるというべきである。

2  また、原告は、前記三において認定したとおり、昭和五七年四月から昭和六一年九月までの間、近隣の訴外坂に対し寝室の賃料、電気代、光熱費等を支払い続け、総額で原告の請求額五五万円を下らない金額の支払を余儀なくされ、右金額相当の損害を被ったものである。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官近藤崇晴、同岩井伸晃は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 新村正人)

〈以下省略〉

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